三次市(みよしし)は、広島県北部に位置する市で広島県北部の中心都市。
面積は2005年に近隣の自治体と合併して誕生した新・庄原市が誕生するまでは中国地方の市では最大だった。
面積778.29k㎡・総人口56,264人・市の木 モミジ・市の花 サクラ。
地理:中国地方のほぼ真ん中に位置し,北部に中国山地を見上げ、南には平坦な農業地帯を有する。隣接する庄原市とともに、備北地方と呼ばれる県北地域を形成する。また、冬季には多量の降雪がある旧君田村・旧布野村・旧作木村域は豪雪地帯である。
江の川本流可愛川、及びその支流、馬洗川、西城川、神野瀬川が交わる盆地を中心とした地域。河川の合流により夏場から秋にかけこの地方では珍しい霧が生じやすく、地元では霧の町とも呼んでいる。
初代三次市発足前は、西城川に架かる巴橋をはさんで、北側が三次町、南側が十日市町と独立した地方自治体でいわゆる双子町と言われる市街形態だった。
歴史 三次市域の事象 江戸時代以前:
弥生時代後期に四隅突出墳丘墓が三次盆地で発祥し、出雲地方一体で採用され、さらには北陸地方にまで広がった。
古代は吉備国の一部で、7世紀後半に同国が分割されると備後国に属した。
現在の三次市の一部領域は安芸国に含まれる。
室町時代には山名氏の領地となり、戦国時代は尼子氏と大内氏の間で戦闘が続いたが、16世紀後半に毛利元就の勢力拡大によって毛利氏の支配下に入る。
1600年、関ヶ原の戦い後に領主が毛利輝元から福島正則に変更され、現在の三次市域は広島藩の領地となる。
1619年、福島正則が改易され、浅野長晟が新たな領主となる。以後、明治維新まで浅野氏の支配が継続。
1632年、浅野長晟の子、浅野長治により広島藩の支藩として三次藩(三次浅野藩)が立藩。
赤穂藩主浅野長矩(忠臣蔵)の奥方瑤泉院の実家はこの三次藩にあった。
1720年、三次藩は廃藩となり、領域は広島藩領に復する。
なお、平成の大合併で編入された地区の一部は福山藩領であった。
明治から戦前:
1872年、廃藩置県により広島県の一部となる。
1889年4月1日、町村制の施行により三谿郡(みたにぐん)と三次郡が成立。
1898月4月20年、広島県第三尋常中学校が創立。
同校は広島県北部(備北地域)初の中等教育機関、1901年に県立三次中学校に改称。1921年には県立三次高等女学校が成立(その前身は1908年創設)。
1898年10月1日、1889年成立の2郡が合併して双三郡(ふたみぐん)が成立(三次町、他に17村)。
1915年、芸備鉄道により広島市内(東広島駅(初代))から鉄道が延伸。
4月28日に志和地駅、61に三次駅(現在の西三次駅)まで開業。
1917年5月1日に十日市町、10月1日に吉舎町が成立。
1921年6月1日、三良坂町が成立。戦後まで双三郡内には4町が存在する。
1923年12月8年、芸備鉄道の備後庄原駅延長開業により同鉄道の現市域区間が全通。
1930年1月1日、芸備鉄道に十日市駅開業(1933年に備後十日市駅に改称)。
1933年11月15日、福塩北線の田幸(現在の塩町)~吉舎間が開業。
1938年7月28日に同線は福塩線として全線開業。
1937年、芸備鉄道(備後十日市~広島間)が国有化され国鉄芸備線になる(1987年にJR西日本へ移管)。
同鉄道の備後十日市以東は1933年に国有化され、1936年に備中神代駅からの現芸備線区間が全線開通済み。
1945年、8月6日の広島市への原爆投下に際し、三次から広島への救援隊が派遣。
その際、爆心地近くの本川国民学校(現在の広島市立本川小学校)で被爆者を救護した三次高等女学校の生徒などが被爆(入市被爆)。
第二次世界大戦後:
1949年、広島県立三次高等学校設立(学制改革により戦前の三次中学校と三次高等女学校を統合)。
1950年、同年設立の広島カープ(現在の広島東洋カープ)が三次(十日市町)でのプロ野球主催試合開催を開始。
6月7日の初試合では大洋ホエールズ(現在の横浜ベイスターズ)に28安打22得点で大勝(22-2、勝ち投手は長谷川良平)。これが現在まで同球団の最多安打・最多得点記録試合となる。
1954月3月31日、三次市(初代)成立(「沿革」参照)。
1954年12月10年、備後十日市駅を三次駅に改称。
これに先立ち、同年1110年に従来の三次駅を西三次駅に改称。以後、旧十日市町地域が三次市の中心業務地域となる。
1955年3月31日、三和町成立(戦後唯一の町新設)。同日、国鉄三江南線三次~式敷間が開業。
1957年4月6日、三次市営球場でセントラルリーグ公式戦、広島カープ対国鉄スワローズ(現在の東京ヤクルトスワローズ)戦を開催(2-6で国鉄が勝利、勝ち投手は金田正一)。
同年7月に広島市民球場が開場し、カープの主催試合開催は同球場に集約された結果、それまで年2-3試合あった三次でのプロ野球公式戦開催が途絶える。
1965年、東洋工業(現在のマツダ)が三次自動車試験場(テストコース)を開設。
1968年、広島県と三次市の企業誘致により三次電機(現在のミヨシ電子)が同市内に設立され、テレビジョン生産を開始。以後、電機・電子関係の企業立地が進む。
同社は2003年に本社を市外に移したが、現在まで三次市内に生産拠点を維持。
1972年、夏の長雨による水害(いわゆる47水害)により江の川の堤防が決壊、市内中心部のほぼ全域が冠水した。市内の各地に被災水位のプレートが残っている。
1975年8月31日、国鉄三江線が全通。
後、1979年に千代田ICまで延伸され、1983年に全線が開通。同道路は2005年に西日本高速道路へ移管される。
1979年、史跡公園として広島県立みよし風土記が開園。
1989年3月17日、東京駅~広島駅間の夜行高速バス、ニューブリーズ号が運行を開始し、三次駅にも停車。三次市と東京都内を結ぶ初の直行交通機関となる。
1990年、第39代アメリカ合衆国大統領を務めたジミー・カーターが甲奴町を訪問。
1994年にカーターが妻のロザリンと共に同町を再訪し、「ジミー・カーター・シビックセンター」が開設(三次市への合併参加後も同施設は存続)。
1993年、みよし運動公園が開園。
同公園内の陸上競技場は、1994年に開催された広島アジア大会のサッカー競技会場として使用された。
1997年、君田村などが同地域で行われるアメリカ空軍戦闘機の低空飛行訓練に反対し、その中止を求める「米軍の低空飛行の即時中止を求める県北連絡会」を結成。
1998年8月には他の米軍訓練地域の自治体を集めた交流会を同村で開催。現在でも米軍の訓練は合併後の旧同村域を含む三次市内で実施。
2001年、広島県立みよし公園が開園。
2004年4月1日、三次市(2代)成立(「沿革」参照)。
2005年9月11日、第44回衆議院銀総選挙。三次市が含まれる広島県第6区では国民新党の亀井静香が同小選挙区で4期連続、通算で10度目の当選。
隣接する庄原市出身の亀井は同市内でも強い支持基盤を持ち、新人の堀江貴文らを退けた。
2006415、同市出身の日本画家の奥田元宋とその妻で人形作家の奥田小由女の作品を展示する「奥田元宋・小由女美術館」が市内に開設。
2009617、三次市みよし運動公園野球場の竣工に合わせ、同球場でプロ野球セ・パ交流戦の広島東洋カープ対東北楽天ゴールデンイーグルス戦を開催。三次市内での公式戦開催は52年ぶり、15試合目となる。
三次市の沿革 ・旧・三次市(1954年~2004年):1889年4月1日 – 町村制施行に伴い以下の町村が成立。
三次郡:三次町 ← 三次町、原村 ← 原村、河内村 ← 東河内村, 西河内村, 日下村, 三原村, 山家村, 小文村, 穴笠村、酒河村 ← 東酒屋村, 西酒屋村, 青河村、川地村 ← 上川立村, 下川立村, 上志和地村, 下志和地村、八次村 ← 南畠敷村, 畠敷村, 四拾貫村, 後山村
三谿郡:神杉村 ← 廻神村, 高杉村, 江田川ノ内村、田幸村 ← 大田幸村, 小田幸村, 志幸村, 木乗村、和田村 ← 和知村, 向江田村, 皆瀬村、川西村 ← 三若村, 有原村, 上田村, 石原村, 海渡村, 糸井村
高田郡:粟屋村 ← 粟屋村
1891年6月10日 – 川西村大字糸井が田幸村へ編入される。
1989年10月1日 – 三次郡と三谿郡が合併して双三郡となる。
1917年5月1日 – 原村が町制施行・改称して十日市町となる。
1937年3月1日 – 十日市町と八次郡が合併して十日市町となる。
1948年12月1日 – 河内村のうち大字日下・三原,および大字山家字郷川が三次町に編入される。
1950年3月1日 – 粟屋村が高田郡から双三郡に移行。
1950年9月1日 – 川地村が高田郡甲立町(現安芸高田市)の一部(大字秋町)を編入。1954年3月31日、双三郡の十日市町・三次町及び粟屋村・神杉村・河内村・酒河村・田幸村・和田村が対等合併し、旧・三次市が市制施行。
1954年113 – 皆瀬町全域と向江田町の一部(字中之尾の一部及び横蔵の一部)を双三郡三良坂町に割譲。
1956930 – 双三郡川地村を編入。
1958211 – 双三郡川西村を編入。
195841 – 有原町の一部を双三郡三和町に分離。
20031215 – 広島県内の市で初めてISO140001を取得した。
現・三次市(2004年~)
2004年4月1日 – 三次市(初代)、双三郡君田村、布野村、作木村、吉舎町、三良坂町、三和町、甲奴郡甲奴町の1市4町3村の合計8市町村が新設合併し、新しい三次市となる。双三郡は消滅。
経済
産業:マツダ三次自動車試験場(開発中の新型車のテスト走行や新型車の試乗イベントなどを行っている)・カープソース本社工場・農業・漁業
鮎漁、鵜飼、鯉漁など、内水面での漁業を生業としている者が、かつては少数ながらも存在していた。現在は観光などを除き、衰退している。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
観光:常清滝(日本の滝100選、作木町)・鳳源寺(境内に大石良雄が植えた「枝垂れ桜」、浅野長矩の正室・阿久利(瑤泉院)の「瑤泉院遺髪塔」などがある。三次町)
太歳神社(三次町)
運甓居(頼山陽のおじで頼杏坪の役宅、三次町)
尾関山(桜・もみじの名所、三次町)
若宮公園・若宮八幡神社(桜の名所、十日市南)
住吉神社(三次町)
三次人形窯元(江戸時代より続く県内唯一の人形窯元、十日市南)
三次市歴史民俗資料館(稲生物怪録関連書籍など、三次町)
吉祥院(三次町)
熊野神社(三次市畠敷)
岩屋寺(三次市畠敷)
広島県立みよし風土記の丘(浄楽寺・七ツ塚古墳群など中国地方最大の古墳群、小田幸町)
鵜飼(馬洗川、十日市東)
広島三次ワイナリー(ワイン醸造、東酒屋町)
霧の海(高谷山、粟屋町)
ジミー・カーターシビックセンター(甲奴町)
道の駅ゆめランド布野(布野町)
平田観光農園(梨・桃・りんごなど、上田町)
君田温泉「森の泉」(「道の駅ふぉレスト君田」の一角にある温泉宿泊施設 君田町)
奥田元宋・小由女美術館(平面の絵と立体の人形が展示されている 東酒屋町)
いにしえの里三次 物怪・でこ街道(うだつと白壁の町並み、三次町)
ウッドピアみよし(東酒屋町)
作品:後鳥羽伝説殺人事件(内田康夫の長編推理小説の舞台・浅見光彦シリーズの第1弾、1982年刊行)
神々の乱心(松本せいちょうの小説、1997年刊行)の舞台・朝霧の巫女(漫画、アニメ作品)の舞台
レジャー:江の川カヌー公園さくぎ・フィッシングガーデン吸谷・吉舎いこいの森キャンプ場・県立みよし公園・みよし運動公園
地場産品・土産品:三次人形・三次ピオーネ・泡雪(和菓子)・乳団子・三次ワイン(広島三次ワイナリー)地酒 白蘭(はくらん)、美和桜(みわざくら)、福六(ふくろく)、瑞冠(ずいかん)・「ワニ」と呼んで鮫を食べる習慣がある。(ワニ料理)・三次きんさい米
祭り:三次さくら祭・輪くぐり祭(三次 太歳神社 十日市中 厳島神社)・いこいの森「ホタル祭」(吉舎)・小童の祇園まつり(甲奴)・祇園まつり(三良坂)・三次きんさい祭・管絃祭(十日市中 厳島神社)・やまめ祭り(吉舎)
三次市出身の有名人:辻村寿三郎(人形作家)・中村憲吉(アララギ派の歌人、旧布野村)・山代巴(労働運動家 「荷車の歌」、旧三良坂町)・森滝市郎(原水爆禁止運動に尽力 旧君田村)
奥田元宋(画家、吉舎町)・わちさんぺい(漫画家)・田島伸二(雲の夢想録、大亀ガウディの海、作家、教育者)・成世昌平(民謡・歌謡曲歌手)・佐々元十(記録映画作家 プロレタリア映画運動の先駆者)・不二川公勝(浄土真宗本願寺派総長、旧吉舎町)・門前眞佐人(大阪タイガース – 結城ブレーブス – 金星スターズ – 大阪タイガース – 大洋ホエールズ – 広島カープ)・岩本義行(南海ホークス – 大陽ロビンス – 東映フライヤーズ -近鉄バッファローズ)・渡辺信義(広島カープ)・原信次(広島東洋カープ – 横浜ベイスターズ – 広島東洋カープ – 中日ドラゴンズ)
二岡智宏(読売ジャイアンツ – 北海道日本ハムファイターズ)・大田泰示(読売ジャイアンツ)・福原忍(阪神タイガース)・永川勝浩(広島東洋カープ)・梵英心(広島東洋カープ)・永川光浩(広島東洋カープ)・田中大輔(中日ドラゴンズ)・竹村栄哉(ベルマーレ平塚 – 水戸ホリーホック – 大分トリニータ – 大宮アルディージャ – サガン鳥栖 – V・ファーレン長崎)・中重勝(射撃アトランタシドニー・アテネオリンピック日本代表 広島県警)・坂井義則(東京オリンピック聖火リレー最終ランナー)・升田幸三(将棋棋士、実力制第四代名人、名人・王将・九段の三冠制覇、旧三良坂町)・松藤好典(広島ホームテレビアナウンサー)・柏村武昭(元中国放送アナウンサー、元参議院議員)・谷光大(株式会社ジェイ・エム・エス代表取締役社長)角浜修(競艇選手、A2級)・西尾大介(アニメーション監督、東映アニメーション)・新宅冨士夫(元広島テレビアナウンサー)・佐々木梨絵(グラビアアイドル・タレント)・横山一敏(俳優)・長谷部成彦(俳優)
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